| 開催月日 | 4月27日(土) | 開催市町 |
日高町 |
| テーマ | 桶樽職人 | ||
| 講師 | 桶師 坂本 高士 |
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| 場所 | 坂本さんの自宅 日高町東構 | ||
| 参加者 | 和田・島垣・太田・能登・高石・浜野・中田孝・衣川・守本・中安・中田一・細見・粂井・中尾・藤原J・上田・中嶋・木村・会員外2名 | ||
| 担当 | 中尾・木村h・上田・友田・中嶋・西村・藤原J | ||
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■ 講師 坂本高士 氏 プロフィール 3代続く桶師の家に8人兄弟の一人として大正12年に生まれる。15歳より桶造りの道に入り、兵役を経て終戦により帰郷し後を継ぐ。62歳の時「兵庫県ふるさと文化賞」を受賞。兵庫県歴史博物館には170点の作品が民族資料として永久保存されている。ご自宅には多くの作品が置かれ、中には70年前のお父様の作品もある。 【桶師】桶を作る職人。酒樽・漬け物桶をはじめ、花器、すし桶、浴槽、柄杓など 昭和30年代以前の人々の生活は、朝から晩まで、生まれてから死ぬまで、桶師の仕事に溢れていた。嫁入り道具には5点組(大盥・中盥・洗足盥・手桶・湯桶)があった。※盥(たらい) 【樽と桶】 樽・・・側板に底と蓋を太鼓に付け、「たが」で締めたもの。 ex 酒樽・味噌樽 桶・・・側板に底のみを付け、「たが」で締めたもの |
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材料は、まず丸太を必要な長さに切った後(筒切り)、赤身と白身・板目と柾目を割包丁(湾曲した鉈)で分けながら割っていく。「割包丁」は長さ2m程の材料でも割ることができ、鋸を使うことはない。ただし、底板だけは製材所で切って貰う。酒・醤油の樽は赤身の板目だけを使い、柾目を使うと外に染み出てしまう。逆に、お櫃などは柾目を使うことで適度に水分を吸わせて外に出させる。 次に、「かい型」を型にして、板の内外を削っていく。小さい桶は側板を作ってから底を入れ、大きい桶は底を作ってから側板を作る。桶の上下の径の差を「落ち」と呼び、これが少ないほど上等な仕事となる。「たが」が絞めにくい反面、ずり落ちにくくなるため、腕の善し悪しがでるところらしい。 長い経験の中には、酒蔵の中で組んだため蔵から外に出せなくなった程大きな酒桶を作った事もあるとか。伝統的な形を守る一方で、暇に任せて自分で創作し、楕円形や三角形の桶や花器など色々な形を作って来られたが、「仕事が難しいのはやはり背の低い桶だ」と話される。たがを締める極めの場所が分かりにくい為らしい。 「たが」の材料となる竹は、秋切り又は冬切り(節分まで)した真竹を使う。 川竹は曲げる時の伸びが少なく、山竹が適している。また、新しい竹より少し古い竹が良い。風呂桶といった耐久性の必要なものには竹の代わりに金輪を使う。
物によっては漆塗り仕上げの物もあるが、お客さんから塗師屋に出してもらう。「桶だけでも高いのに、塗師屋に出す手間代をお客からは貰えない」と話されるあたりは、真面目な職人気質を感じてしまう。 |
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■ 「直す」こと 桶屋は作るだけでなく、絶えず修理の仕事も入ってくる。自分の作った物もあれば、父親の作った物も持ち込まれてくる。中には直す価値のない悪い仕事の桶も目にする。そんな時には、「新しいプラスティック製の物を買われた方が良いですよ」と話されるとか。それでも「愛着が有るので直してほしい」と頼まれることも。(愛着が湧くというのは木の持つ温もりのせいなのだろう か。)修理の時は、誰の仕事かを見ながら直すのも楽しいと話される。 ■ これから かつては造り酒屋が多くあり桶師の仕事も多かったが、今では樹脂製品が生活に浸透して、その仕事は消えつつある。「商売には成らないが、内職でしているわけではないので、腕が鈍ったら辞める」「この程度の仕事しか出来んのか、とは思われたくない」との信念を持って仕事に取り組まれている。「生きている間は自分の作った桶の修理をしていきたい」と話される姿には4代目となる根っからの職人の生き方を見せて頂くことが出来ました。残念ながら桶師の技術と職人魂を受け継ぐ人は無いそうです。 | |