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2002年6月例会
開催月日 6月22日(土)

開催市町

竹野町
テーマ 瓦屋4代目のこだわり
講師

万戸(まんど)輝光(瓦拭き職人)

場所 御用地館(おようじかん) 城崎郡竹野町竹野422
参加者 島垣・池口・太田・衣川・木村(昌)・友田・中尾・中田(孝)・西躰・能登・藤原(次)・湊崎・守本・守山・会員外2名
担当 衣川 木村 太田


【瓦の歴史】
中国では紀元前2000年頃には瓦が登場している。日本では朝鮮を経由して588年に伝来したとの記録が日本書紀にある。607年の法隆寺が本格的な国産瓦の第一号といわれる。以後、寺社・宮殿に用いられ、1720年の江戸の大火を機に江戸の民家に奨励されたが、全国への広まりは明治になって都市部より次第に用いられていった。
瓦の生産は各地域で良質の粘土の取れる場所で行われたが、粘土の枯渇や技術面から次第に限定されていく。竹野でも「鬼神谷瓦」、「轟瓦」などが作られていた。妙見工業は竹野駅裏の土採場で生産していた。大正時代に地元で焼かれた瓦がまだ何件か残っているらしい。講師の万戸さんの系譜も大正以前は瓦を生産されていたという。
 


■ 竹野の風土
とにかく風が強く、20kgの石でも飛ばしてしまう。強風が屋根に当たると竜巻風が起こり、瓦がうろこの様に立ってしまう。「風の玉が当たる」と言い、「ドーン」と音がするらしい。昔は土の上に瓦を載せる「土葺き」だったため、土が風化して風に飛ばされ易かった。その為、瓦は1段置きに釘止めし、妻側の瓦(袖瓦)は破風板から針金で止めていく。(1段置きというのは瓦の差し替えを考えてのことで、風には十分耐える。)棟の瓦も風向きを考えて葺かないと、風で吹き起こされてしまう。その為、「出雲石」と呼ばれる石を棟に載せている家もある。冬には雪も多く、瓦止めには気を遣う。冬場12/10〜3/10ぐらいは仕事が出来ない。雨降り、雪降りは勿論だが、特に霜降りは瓦を手で触ってみないと分からない為、事故につながる。冬は修繕仕事しか出来ない。

 修行時代
自身4代目となる瓦葺き職人の家に生まれ、叔父を親方に25歳から2年間の厳しい修行時代を経験された。 当時、竹野町は民宿ブームと草屋根から瓦への葺き替えの時期だったため、月に10件の仕事があった。現場監督が管理する今とは違い、当時の建築現場は棟梁をはじめとした職人の集まり。お互いの仕事の内容を十分に理解しなければ仕事にならなかった。(職人の世界では「年季奉公5年」と言われる所以だと。)叔父である親方は、キセルを吸いながら下から瓦葺きの仕事を見ており、キセルを叩く音で葺き直しをさせるという厳しさだった。(あまりの厳しさに1週間ほど仕事を辞めたことがあったという。)お陰で2年間でたたきあげられた。「たたきあげ」の職人というが、親方に叱られるのではなく、大工や左官屋に叱られて鍛えられた。しかも「理由は自分で考えろ」と言われるばかりで、3・4回言われて直らなければ「仕事の出来ない者」と見られて、将来親方になれることはなかった。
 


■ 技術、こだわり
今の瓦の品質は寸法精度が±4oに良くなり、並べるだけで葺けるようになった。昔は瓦に「ねじれ」があり、「向こう跳ね・尻跳ね」など一枚一枚違うねじれを見分けて、ねじれ具合が合うように瓦を振り分けていった。素早く見分けないと仕事にならなかったため、今でも手に取っただけでねじれを感じとる。職人の技量は瓦の葺き上がった「姿」に差が出る。(下手な職人が葺いたから雨漏りし易いと言うことはない。)「雁足」といって斜め45度から見た瓦の姿が美しく通っていたら腕が良い。また、寺社建築には姿を良く見せるため屋根に「ころび」の付くものがある。同じ枚数の瓦を使って、棟側を1、5〜2%だけ軒先側より広く葺く技術が必要になるため、腕の立つ職人でないと葺けない。見た目には違いの分かりにくい瓦の世界だが、見えない所にもこだわりがある。瓦を止める釘には通常鉄釘が使われる。数十年耐える瓦に比べ、鉄釘は数年で錆びてしまう。竹釘だと瓦と同じ年月に耐えるという。竹釘の先が黒くなる程度に糠で煎って油を抜くと木にも打ち込める。しかし、竹釘を作る手間を理解してくれる工事は無いようだ。

■ これから
後継者について、息子さんに継がせる気はないと話された。良い仕事をしようと思うと同じレベルの職人が2人必要なため、息子さんと組むもう1人の職人がいないと仕事にならないためだと。弟子をとっても筋が良くなければたたき込む気はないと話された。今後については、「近頃、職人をしてみたいと思うようになった。自分の納得のいく仕事をしてみたい」と話された。たまたま良い材料が手に入り、ご自分で今取り組んでいらっしゃるという。「商売をする」ことと「職人をする」ことは両立し難いようだ。「職人」を育てるのは、「親方」ではなく「社会」なのだと改めて感じた。そして、職人が納得のいく仕事を成し遂げた時の「笑み」を見てみたいと。それは自己満足ではなく、技術と経験に裏打ちされた「新たな財産」の誕生を意味しているのかもしれない。

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