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2002年2月例会
開催月日 2月23日(土)

開催市町

豊岡市
テーマ 豊岡から世界のGPを目指す
講師

美藤 定 ((株)ビトーアールアンドディー社 社長)

場所 (株)ビトーアールアンドディー社 豊岡市奥野149−1
参加者 池口・太田・衣川・木村h・島垣・高石・中嶋・中田孝・西躰・能登・浜野・湊崎・守本・吉盛・岩本・木村m・会員外1名
担当 池口


■ 報告にあたって
豊岡市奥野にあるバイクパーツメーカー、BITO R&D。金属では一番軽いマグネシウムを使ったホイールを製造販売する。ホイールは鋳造して造るのが一般的だが、ここBITO R&Dでは 刀鍛冶のようにそれをたたいて鍛える方法を導入し、軽くても粘りがあって強いホイールを造る。レースバイクホイールとして有名で、使用されたバイクはトップクラスの成績を収めている。その社長美籐定氏よりおいたち・会社をおこしたきっかけ・生き方や但馬への思いを語ってもらう。

■ その1 少年時代
自分が納得しなければ考えをまげない性格。勉強はあまり好きではなく、運動も不得意で走るとビリ。学校は行くものの、弁当を食べると「用事は終わった」と家に帰る。自転車に興味を抱き、かけっこで負けていた相手よりも早く走れる「喜び」を感じる。そして、坂道を登り下りるそのスピード感やカーブでギリギリまで体を倒す危ない感覚に、生きていることを実感する。 その後、親戚のおじさんが乗っていたカブ(50ccのバイク)がきっかけで、バイクに夢中になる。バイクで走ることへの喜びが増す。
 


■ その2 旅と出会い
日本各地バイクの旅は経費のかからない徒歩の旅へと変わる。数々の出会い、アルバイトで仕事の経験を積む。その印象深い旅のひとつにアメリカ兵との出会いがある。沖縄方面への旅途中、野宿した浜にたくさんのアメリカ兵が集まりどんちゃん騒ぎをしていた。当時はベトナム戦争の最中だったため、彼等は沖縄近くの島めがけて爆弾を落とす訓練をしていた。誘われ仲間に入り一緒に騒ぐ中でアメリカ兵がいった言葉に大きなショックを受ける。「学校では、人を尊ぶように教えられてきたのに、今は国から人殺しをしてこいと言われる。おれたちは人殺しのために生まれてきたんじゃなのにNOとは言えない。だから自由な君がうらやましい。」この言葉が強く胸に刻まれる。

アメリカ、バイクの旅は解体した部品を送ることから始まる。空港では同じ飛行機に乗っていた日本人にお世話になり、バイクの部品を待つ間、英語を勉強する。バイク到着日は空港でバイクを組み立てる道具やリフトカーの燃料を分けてもらうなどあらゆるところで人の世話になりながら、出会いと温かい交流を重ねる。

■ その3 バイクパーツメーカー会社たちあげのきっかけ
アメリカ大陸を走る中、ロサンゼルスで世界を代表するヨシムラのおやじさんに出会う。携わったバイクのレースの結果は直前の火事アクシデントにもかかわらずグランプリで3位の成績を収める。その後ヨシムラR&Dのエンジニアとして世界を転戦する。但馬に戻りレースバイク用のパーツの製造と販売を始める。製造方針はパテントをとらず、たとえ他社に真似をされても、さらに次の「新しい技術を考える」スタンスをもって楽しんでいる。また、たとえ多くの注文を受けても自分の求めるものと一致する客にのみ応えていくスタイルを持つ。
 


■ その4 但馬で事業を営む
豊岡は安心して生活ができる。治安がよい。また自分自身で暮らし方を選ぶことができる。川があり自然があり静かであっても街に行けば文化的な暮らしもできる。食べ物は不自由することはなくても、作物を手がけたければ畑をもつことも出来る。仕事は但馬豊岡にあって支障はない。海外の生活を経験する中で自分に何が幸せかを考えたとき、但馬豊岡の生活が自分にとって良いことが多いと考える。

■ おわりに
美籐氏は話の中で次のように言った。「たくさんの荷物を手にしていると、肝心なチャンスを取り損ねてしまう。」その言葉の中にたくさんの経験とめぐり合いから見えてきた美籐氏だからこそ感じるものごとの本質が見え隠れしているような気がする。そして、そんな美籐氏だからこそ、今はうもれている但馬の本当の魅力を見抜いているのかも。

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