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2003年5月例会
開催月日 5月24日(土)

開催市町

日高町
テーマ 新緑の木地屋道を辿る
講師

公園指導員 田中眞雄 (民宿「まるや山荘」主人)

場所 日高町万場高原
参加者 島垣、栃尾、木村尚、木村昌、湊崎、中田、上田、椿野、角谷、戸田、能登、会員 外7名
担当上田 能登 角谷 中田 椿野 戸田


【講師プロフィール】
民宿、農業の傍ら公園指導員を務め、蘇武を中心に神鍋全体の自然を管理するほか、山に入る人のガイド、取締り、注意などをしておられます。

■ はじめに
木地屋(木地師)は山中に居住し、樹を伐りロクロやカンナを使い、特殊な技術をもって生活必需品である椀・盆・膳・杓子・鉢等の日用雑器を作る工 人たちです。近江国小椋庄に発祥、文徳天皇の第一皇子惟喬親王を業祖とする、特異な全国的組織と生活意識を堅持して暮しをたてた伝説の山の民。彼 らは良材を求めて全国の深山幽谷を渡り歩き、兵庫県下では但馬を中心にその足跡を残しました。
今回訪れた神鍋の山にも、100年ほど前まで木地屋の歩いていた木地屋道が残り、この山に詳しい田中さんの案内で新緑の山中に分け入り、木地屋道を 辿ってトチの原生林の中心部まで歩きました。道中、一般参加の菅村先生には植物について多くのことを教えて頂きました。

■ 万場の天神社
万場にある小さな神社。その4反ほどの境内には30種を超える樹木があります。推定樹齢400年、県下で3番目というトチの巨木(町指定天然記念物)も あります。この地で自生していないものまで、珍しい木が1本ずつあるこの稀有な杜も、茂むとマムシが出て観光客や林間学校の生徒に対し危険だとい うことで伐られそうになっていますが、田中さんが住民を説得し、今の状態を保っているそうです。


■ トチの原生林にて

車道から山中へ、歩くこと1時間。途中から木地屋道へ入り、山の奥へと進んで行きました。幾つもの谷川を渡り、倒木をくぐり、急傾斜の坂をよじ登って、ふと開けた緑の空間に出ました。足元は苔生した岩場で、地下には水が流れているらしい。谷あいで、四方からの鳥の鳴き声がはっきり聞こえる。ここはトチの原生林の中心部で、地区の人が栃拾いをする拠点だそうです。ここで拾った栃の実は、地元や竹野町をはじめ、但馬各地に売られていきます。二谷向こうまで栃林が続いています。しかし、残念なことに栃拾いをした人達の持ち込んだゴミが放置されていました。都会から来るハイカーよりも地元の人の方がマナーが悪く、付き合いもあるので注意しにくいとのこと。
ここからあと1時間くらい歩いた尾根の平らになった所に木地屋さんの家が二戸あって、明治の初期まで十数人が住んでいたそうです。今はもう家屋はつぶれてなくなっていますが、ほおの木の下にお墓があるそうです。子供の多い頃は、木地屋さんは下の町で魚を買うために何度もこの道を通い、大変だったということです。
 

 昼食
山を下りる道すがら、田中さんに食べられる山菜を教えていただいては採り、昼食の材料としました。田中さん所有の道場前でテーブル、コンロなどをセッティング。
メニューは山菜のてんぷらにイワナの塩焼、スズコの炭火焼、そうめん、おにぎり、津居山の干ガレイの炭火焼。てんぷらにした素材は、オニグルミの芽、山ぶどうの芽、イタドリの芽、コシアブ
ラ、ワサビの葉、藤の花、栃の花、ミズブキの茎、フキノトウ。揚げたての山菜はどれも春の山の香りがいっぱいで、大変美味しかったです。てんぷらにすると山菜のアクが抜けて食べやすくなるそうです。
 

 終わりに
時代の移ろいと共に、山を中心とした人々の暮らしが変わり、産業形態も変わってきています。
田中さんのように但馬(神鍋)の山や自然を守っていこうとしている人の存在は、これら自然にまつわる産業を残し、自然の恩恵を受けて生活している人をも守ることに繋がっているように思いました。

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