| 開催月日 | 8月24日(土) | 開催市町 |
香住町 |
| テーマ | 香住・但馬の今… 失われていく技と知恵 | ||
| 講師 | 田中 定 (株式会社 川島建設建築部所属) |
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| 場所 | 安木公民館 香住町浜安木 | ||
| 参加者 | 高石、中田孝、中嶋、島垣、木村尚、藤原、西躰、木村昌 | ||
| 担当 | 木村尚 藤原j 西躰 島垣 木村昌 | ||
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【講師プロフィール】 中学校卒業後、建築大工として修行を始める。工務店を経て、平成元年より(株)川島建設建築部所属。大工歴は今年で50年。 平成8年、同社の象徴事業として明石の卜部邸再生に携わる。以来、反響が大きく、年に数件、古民家再生事業を棟梁として指揮 する。但馬建築組合連絡協議会会長として若手の育成にも力を入れる。 ■ はじめに 黙々と仕事をしている者なので、人前でお話をするのは得意ではないのだけれど、という前置き通り、物静かな印象ながら、、 、内に秘めた思いは熱く、職人気質に満ちていました。昔ながらの建物が持っていた、コミュニケーション空間の大切さ、伝統工 法の機能性と匠の技、後継者育成の難しさなど、途中、継手仕口(つぎてしぐち)の模型やスライドを使いながらわかりやすくお 話いただきました。また、香住町安木の安井さんのお宅が、神戸の御蔵地区で集会所として生まれ変わる今回のプロジェクトは大 変感慨深く、その意義を人一倍感じていらっしゃる様子でした。 ■ 昔の住居の良さ「縁側」の文化 かつて、住まいには縁側があった。雨戸があり、近所のお年寄りらが集い、子供たちが学ぶ場があった。お年寄りとのふれあい の中で、子供たちは昔からの文化や風習などを感じ取り、それを養っていった。今はそういう空間がない。 「縁側」文化というものが成り立たない。そういう場がなくなっていくことが、残念でならない。土間の横には敷台というところ があり、「こんにちは」と入ってきた隣人がそこに腰掛け、ちょっと世間話をしたりした。今の住宅の機密性の高さは、隣人同士 のそういったコミュニケーションの場をもなくしてしまった。 |
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しかし、今の住宅は雑巾がけすると逆に汚くなる。だからダスキンなどをかけている。かつて人は、100年〜200年住める家を建てた。 今は自分の世代だけが住めればそれで良い、という考えに変わってきている。1日で建て終わるような最近の工法では、増築もできない。 工場で思い通りにカッティングされ、番号通りに組み立てたら良いだけの誰にでも作れる簡単な家が増えた。そのために、有能な大工は必 要なくなった。そして、技術を持った大工も減ってしまった。技能のない大工から、技能ある後継者は育たない。 ■ 技術の習得・職人技 技術は人から教えられるものではない。自分にも親方は何も教えてくれなかった。「人のものを盗むのはあかんけど、人の仕事のやり方 を盗むのはいい」と言われた。一つ一つやり方を教えてもらったことは、たいてい覚えてはいない。その点、自分がやろう!と思って頑張 ったことは忘れていない。今の若者にはそういう精神が欠けている。 職人は道具の手入れを怠らない。砥ぎもの、刃が切れるようになったら一人前と言われる。 ■ ちょっと小話 ある大工が、家を建てようとしていた。くる日もくる日も、その大工は砥ぎものをし、いつまで経っても、一向に「建てる」気配はない。 痺れを切らした施主の奥さんは、「建てないんだったら、もう来てくれなくってもいい!」とその大工を追い返してしまった。すると、彼は それまで削っていた木と木を2つ拍子木のようにカチッと組み合わせ、クルクルと鉋屑で巻き、ぽ〜んと水の中に放り投げて去ってしまった。奥さんからその話を聞いた施主さんは、大工の放り投げた木片を水から拾い上げ、鉋屑を解いてみた。元は2 つの木片が、ぴったりとくっついていて離れない。「あの人はすごい職人さんだったんだ!!」と気づいた施主さんは、慌ててその大工の後 を追って連れ戻し、再び仕事を依頼したのだそうな、、、、 というような話を、よく聞かされていたのだとか。それほど、大工にとって削り物というのは大事なのだそうだ。 ■ アホでもなれる職人・習得は若い時 職人はアホでもなれる。それは、ひとつのことを一生懸命にやるだけでいいから。仕事の様子を見ながら、親方はその弟子にあった仕事を させていく。与えられた仕事を素直に受け入れて、一生懸命に続けられる者が、職人になれる。一生懸命にひとつのことばかりをするのだから、 その点では他の者よりも秀でることができる。 さらに、そこから親方や棟梁になれる人はごくわずか。頭がよく、気配りが利き、器量がある人でないとやっていけない。今は、そういう気 骨のある棟梁が減ってしまった。伝統を受け継いでいない最近の親方や棟梁のために、やはり後継者を育てられなくなってきている。 技を覚えるのは若い時がよい。 右も左もわからない時に、教えられたことを、教えられた通り素直にやる。丁稚奉公と同じ。世間に出て、自分のやり方や意見を持つと、言う ことや考えが理屈っぽくなってしまう。人の言うことを素直に受け入れられず、自分の方が正しいと思いつつ仕事をする。独断で、教えられた こととは違うことをし、せっかく作っても結局無駄なものになったりする。だから、技術は若い時に習得し始めるのがベストなのだ。 田中棟梁も弟子の頃は刃を砥いでばかりだったそうだが、今は家を建てるのにカンナもノミも必要としなくなってきたという。だから、刃を砥 げる人も減ってしまった。ちょっと極めれば、刃と砥石がぴたっとくっつくほどに、刃を真っ直ぐ砥ぐことができるようにもなるらしい。もちろ ん田中棟梁にはそれができる。 ■ 伝統工法 木の癖を見極める (ボルトを使わない伝統工法は、実はとっても強い造りなのだということを、いくつか用意してくださった継手仕口の模型を解体し、組み立てな がらお話いただいた) 木は育った場所によって性質が違う。個性がある。その個性や癖を見抜いてやるのが職人である。昔は木挽きさんが山に入り、「これは柱に向く 木だな」とか、家の中のどこに使えばよい木か考えながら切り出し、製材した。生えている時の癖を知っているから、建てたときにも狂いがない。昔の家に狂いが少ないのはそのためだ。多少曲がっていても、柱に使われたりするのも、今の工場で製材されたものではできない職人技。真っ直ぐ である必要がないところは、多少曲がっていても問題ないのだ。 木材を組み合わせ1本の柱にしたり、継ぎ足したりするときの、木と木は同じ年代のものになるようにする方がよい。今は古民家再生も増え、古材のバンクというのもあるらしい。 時には自分が気に入らない設計の時もあって、それを議論することもある。学校で習ったままの図面を書く人があるけれど、それだけじゃだめ。 経験がものを言う。つまらない図面で作られた建物が人生を変えていくことを残念に思っている。 ■ おわりに 休みの時も砥ぎものをしたり、図面を見たりと、かつての職人気質を備えた明石高専の熱心な若者。いまどき稀に見るタイプの若者と出会えたこ とを、田中棟梁はとても喜んでいらっしゃる様子でした。今後の後進の育成に期待です。小柄で物静かな65歳、でもまだまだ現役。よくできる職人は あまりしゃべらない。口上ばっかりが達者でしゃべりすぎる人は、たいてい仕事ができない。と仰っていましたが、、、継手仕口を組み立て、解体す る手元は確か。ノミとカナヅチを愛しそうに見つめる小さな背中がとても印象的でした。 「柱と柱」「梁と梁」など長さ方向のつなぎ方を「継手 (つぎて)」「柱と梁」といった角度を持つ方向のつなぎ方を「仕口(しぐち)」と呼び、その2つを総称して「継手仕口」というそうです。 *神戸市長田区御蔵地区の「まち・コミュニケーション」主催の「第11回御蔵学校 香住 浜安木・御蔵交流古民家移築プロジェ クト」に協力する形で例会の講座を行いました。 |
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