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2003年3月例会
開催月日 3月22日(土)

開催市町

久美浜町(京都府)
テーマ 復活 豪商稲葉本家のぼた餅
講師

安岡 克己(久美浜町商工観光水産課主幹)

場所 豪商稲葉本家 久美浜町土居
参加者 島垣、太田、高石、中嶋、中田、浜野、衣川、湊崎、岩本、角谷、粂井、和田、
守山、能登、友田、木村、西躰、会員外1名 
担当 高石 太田 中嶋 守本 水田
参照サイト 豪商「稲葉本家」


■ 稲葉家の由来
3月例会は、県境を越えて久美浜で行われた。稲葉家は、初代善兵衛が岐阜稲葉山の稲葉一徹の分家に生まれ、武田信玄に対抗して敗れ久美浜に居を移したと言われている。その後、酒糀の製造販売を手がけ屋号を「糀屋」と称し、6代目からは回船問屋として財をなした。8代市郎右衛門の頃には、両替商として付近諸藩の金融を一手に引き受けるほどの豪商になった。この時代に弟や、子を中稲葉(酒造)、東稲葉(酒造)、豊岡稲葉(麻縄製造)、西稲葉(酒造)に分家させた。酒造は「久美の浦」として今も受け継がれている。

現存する稲葉本家住宅を建てたのは、12代市郎右衛門(英裕)である。英裕は豊岡県区長、京都府議会議員、衆議院議員等歴任したほか、株式会社久美浜銀行を設立し、終生頭取として経営に携わった。13代市郎右衛門も2度にわたり府議会議長を務めたほか、、国鉄宮津線の敷設に巨額(時価換算で約1000億円といわれる)の私財を投じており、昭和4年12月に、豊岡〜久美浜間が開通した。14代は現在岡山大学で教授をしておられる。
 


■ 「豪商稲葉本家」の再生と復活

稲葉本家の主家は、明治18年起工、同23年に竣工した。平入桟瓦葺き切り妻造りの二階建てで、規模が大きく部材も欅の柱を多用し、松材の太い梁を井桁に組みあげて豪壮な木組みの立派な建造物である。最近久美浜町によって買い取られ、古民家再生の手法により「豪商稲葉本家」を観光と物産の拠点とするべく、来る4月17日竣工予定で現在全面改修中である。講師の安岡氏はそのプロジェクトの責任者として奮闘しておられる。総工費2億2千万円をかけての大がかりな改修中であったが、稲葉本家の主屋、奥座敷、宝蔵などくまなく案内していただき、その偉容を概観する事が出来たのも興味深いものであった。
 

■ 稲葉本家のぼた餅
明治23年、稲葉家主屋の竣工時に、ぼた餅がふるまわれたとの記録があるほか、宮津線開通20周年を記念して、熊野郡町村会により浜公園に13代の等身大銅像が建立されたが、その際にもぼた餅がふるまわれた。それに因み、地元の土居地区では毎年11月23日に「ぼた餅会」をして昔をしのんでいるとのこと。安岡氏は、ぼた餅を名物にして町興しをしようと、地元産の小豆を使ったおいしいぼた餅を作るために地域の人と力を合わせて試作し、研究を重ねているという。残念ながら例会には間に合わなかったが、復活後の「豪商稲葉本家」では、ぼた餅が売り出されるとのこと、訪れる人は昔の繁栄を偲びながら舌鼓を打つことになるだろう。

■ 但馬との交流
質疑の中では、明治維新により成立した久美浜県が、但馬、丹後、丹波、播磨、美作に及ぶ123市町を含むものであり、明治4年豊岡県に県庁が移るまで、今の久美浜小学校に県庁があり、当時2000人もの役人がいたこと、豊岡市図書館前にある旧県庁の門を久美浜に取り戻す運動が過去にはあったことなど、但馬と久美浜の浅からぬつながりを知ることが出来た。また、ぼた餅は別名「北窓」「夜舟」「隣知らず」等と呼び、太陽信仰に基づき彼岸の中日に作られていたこと、全国的にも「ぼた餅」という地域と「おはぎ」という地域分布がある、など興味深いお話を聞くことが出来た。
経済圏も人的交流も但馬と関係が深い割にはあまり知ることがなかった久美浜が、参加者にはより身近に感じることが出来た例会であった。

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