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2002年10月例会
開催月日 10月26日(土)

開催市町

八鹿町
テーマ 手割り板の技術を伝える
講師 屋根板職人 大林秀雄 (丸金屋根板工業所)
場所 栄町公民館 八鹿町栄町
参加者 島垣・太田・粂井・浜野・中田・中嶋・木村(尚)・衣川
担当 衣川 太田

   

【講師プロフィール】
昭和4
年1月5日生まれ。大正11年、父金太郎氏が屋根板製造とこけらぶきなどの屋根葺き家業を創業。小学校5年生頃から家業を手伝った。 高等科2年を終え、旧満州の満鉄に入社。終戦後帰国、20歳の時、神戸市に家業の支店を開く。8年続けた後、父の後を継ぐため帰郷。現在、但馬 で手割り板をつくっているのは大林さんのところだけ。後を継ぐ息子さん(長男・広之氏)へ技術を伝えている。

 但馬の屋根板業者
江戸時代末期から一般民家の屋根は茅葺きから、瓦、または板葺きへと変わっていった。八鹿町の名刹・日光院が樹齢500年以上の杉を22500本 を売却し、大正元年から10年にわたって搬出した。妙見杉は銘木として、屋根板材として全国に知られ、昭和10年ころまで、八鹿周辺が屋根板製造、 屋根葺き職人の但馬での中心地であった。戦前は「但馬屋根板組合」があったが今はない。現在は但馬で6軒ほどの業者があるが、手割り板をつくって いるのは大林さんしかいない。
 

 屋根板職人
屋根の瓦の下にふく屋根板(ささ板)を製造する。包丁を使って手づくりする「手割り板」と機械でつくる板がある。現在では機械でつくった板が多く 使われるが、文化財や茶室、寺、神社などは手割り板が使われる。手割りの技術を持つ人がどんどん減っていっている。また、最近はささ板のかわりに 黒いフェルト紙の使用が増えている。


 屋根葺き職人
屋根板(ささ板)を屋根に葺いていく。この作業は2人でペアを組む。呼吸の合った人と組まないと葺いた後の美しさがそろわない。屋根に上がり、 こしかけに座り、下から上に向かって、つるつるの表面を上にして屋根板を置き、1枚おきにクギを打って止める。あまりクギは打たない方が良い。 屋根板が乾燥湿気に対応して伸び縮みをするためである。トントントントンと一定のリズムで軽快にクギを打ちながら、屋根板を葺いていく。口の中 にはクギを50〜60本ほど含むという。

大林さんは屋根板をつくり、自分でつくった屋根板を葺く職人でもある。
こういった職人さんが減ってきているため、要請があれば全国のどこにでも屋根葺きに出かけるという。現在では、寺院などの仕事が多い。息子さん とペアを組んで屋根に上がり、屋根板を葺く。
 

■ 手割り板の材料
杉(他の木は使わない)
材木市場へ行き、但馬か丹後産の樹齢50〜60年経った杉を仕入れる。直径1尺(30センチ)くらい、年輪がつまり、ふしがないものを選ぶ。若い うちに枝打ちした木は、見た目ではふしが埋まってしまってわからないが、割るとふしがでてくる。中に埋もれたふしも経験でわかるようになる。 ふしの部分は使えないので、風呂の炊きに使う。実際に使える部分は少ない。

 手割り板をつくる作業工程
1 杉の丸太を長さ30センチほどに切る。
2 木取り(木の中心から放射状に6等分に縦割りする)
3 皮はぎ(6等分された木の皮をはぐ)
4 ふしをはずす(ふしのあるものは除去する)
5 八丁掛け(6等分された木の断面に平行して厚さ1.6センチほどの柾目板をとる。
6 この柾目板を包丁といわれる道具を使って1枚を2枚に、2枚を4枚にと割り、
  最後に8枚の手割り板にする。
  この作業を「へぐ」という。
  手割り板には裏と表がある。包丁が割って入った両面が表になり、裏面に比べつるつるして
  すべりがよく、光沢がある。

・檜皮葺き(ひわだぶき) ヒノキの皮で葺いた屋根
・柿葺き(こけらぶき) 檜皮葺きと同様、社寺建築に用いられる屋根葺きの工法。

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