| 開催月日 | 12月6日(土) |
開催市町 |
和田山町 |
| テーマ | 奥山と野生動物との共生を次世代へ | ||
| 講師 | 森山 まり子( 日本熊守協会会長 ) | ||
| 場所 | 和田山ジュピターホール 2階研修室 | ||
| 参加者 | 島垣・太田・衣川津・能登・西躰・湊崎・栃尾・細見 | ||
| 担当 | 細見 太田 島垣 | ||
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■ 日本熊守協会の歩み 1992年(平成4年)当時の中学生(尼崎市武庫東中学校)たちが、えさ場を奪われ狩猟と有害獣駆除で滅びつつある動物を 、何とか助けたいとの思いから起ちあがり そして発展したのが今日の日本熊守協会になりました。その発端になったのは、生徒達が学校に持参した新聞記事 が、多くの生徒達にショックを与えました。記事にはツキノワグマ 人間の環境破壊により絶滅寸前と書かれてありました。何とかしなければと生徒達は、自然保護団体を結成し住民への署名集め に奔走しました。生徒達の活動を目のあたりにし森山さん達教員も「クマ保全活動」を開始しました。 署名を持参し役所、環境庁等に出向きましたが、何も変わらなかった。役所の壁は、とても厚く門前払いの状況だった。生徒達 の内代表の女子生徒4人は、当時の兵庫県知事貝原氏に会い 強く訴えた。また 天皇 皇后陛下にも手紙を書き送りました。2年後の 1994年(平成6年)環境庁より 兵庫県ツキノマグマ狩猟禁止が、発表され生徒達の活動は、実を結ぶ事になった。 しかしながら、それにもかかわらず日々 年々 野生動物の絶滅や森林の荒廃は酷くなり、限られた人たちでの活動での限界を思い知り 、また気がつき多くの人たちの参加を求めて1997年(平成7年)日本熊守協会を結成しました。 団体は、単に研究、調査にて終わるのでなく自らが先頭に起ち野生動物植物の保全を行う実践を伴った活動が、今日まで続いております。 当然ながら啓蒙、広報等の活動も合わせて 活発に実施しています。 ■ 活 動 実践活動として、但馬各地域において実のなる木(クヌギ、シバグリ等)の植樹を行い動物達が棲める森の復元に力を注いでいます。 最近になり住民の人たちの理解も得られるようにもなりました。 ■ 所感 話の中で当時の生徒達が、この活動を広げて行くには、広範囲な知識が必要だと認識し勉学に励んだとの件は、今日の教育の在り方を問うていて なかなかに良い話でした。 また 都会と田舎(こんな一片の言葉で括る事じたいが問題)において、どのような活動であれ、直接に利害が絡むし自問します。自然破壊の全べての 原因は、人間の飽くなき欲望に起因していると思います。 |