| 開催月日 | 8月28日(土) |
開催市町 |
養父町 |
| テーマ | 「H16年度の活動テーマを決めよう!」 「木地師 加悦さんのお話を聞く」 |
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| 講師 | 加悦忠雄(三原の木地師・72歳) | ||
| 場所 | 「北野屋」 竹野町三原583 | ||
| 参加者 | 中田、能登、中嶋、浜野、峠、島垣、太田、木村尚、藤原次、上田、守本、西躰、戸田、友田、計14名(会員外:1名) |
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| 担当 | 幹事会 | ||
木地師を始める 加悦忠雄さんは定年退職した後、しばらくしてボケ予防に始められた。 キシサブロウさんという木地をやっておられる方に10日あまりついた。 その後、富山・福井・九州を廻って技術を修得された。材料は主にカエデを 使ってロクロをまわして作る。木地師はトチ・カエデ・ブナで作っている。 | |
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三原の木地師在有暦 木地師が三原に何年頃入り、何年頃、出て行ったのかははっきりと分からない。 北の屋に高つき一器が残っている。その器に書いてある文章には 「文化七年牛年三月十日仕立也木地師林兵エ氏五匁也但馬國気多野郡三原村北 の屋 持主大三郎」 と書いてあるので、文化年間には入っていたと考えられる。 その場所は現在は山の中であるが、三原村木地屋という地名だった。 昭和の初期まではそこに木地屋屋敷と言われる家々があった。 その場所から谷一つ越えたところに丘があり、木地屋の墓が今も残っている。 全て小椋姓である。 かなり裕福だったらしく、明治21年、三原の神社を建立する時に、 小椋という姓の人が寄付している。 小椋柳右エ門 一金四円 小椋吉太郎 一金弐円 小椋徳エ門 一金弐円 小椋勇作 一金一円五十銭 小椋豊年 一金三円 明治二十一年八月四日 という記述が三原の神社に残っている。 昭和初期に、冬、木地屋地区になだれがあって、6人が亡くなる。 なだれが出て、二三年のうちには木地屋を出てしまった。今は墓だけが残っている。 現在、三原には小椋姓はない。峠を越えて、三川にはある。近年、一軒の墓は 三川に移動された。 |
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