1991年6月例会

開催月日 6月22日(土)

開催市町

神埼郡香寺町
テーマ 心・しぐさの出会い旅 −−民具と語る−−
講 師 島津弥太郎(香寺民俗資料館長)
場 所 香寺民俗資料館 神埼郡香寺町中仁野
参加者 太田・中田孝・中田裕・浜野・藤田・湊崎・和田・友田・田中耕・西村・島垣・足立・会員外2名
担 当 和田 西村

  中庭に沙羅の花が咲く資料館で
■  美しき出会い
私は今、「体、ことば、友人この三つを大切にすると幸せだ」という暮らしが出来るようになった。
沈黙のことばを残して、沙羅という花との出会いがある。
私は生まれるとき、父母を選べなかった。7人兄弟の末っ子として生まれた。天井からの雨の漏れる音はシューベルトの冬の旅のようだった。貧しい暮らしの中に母から大切なものをいただいた。前田純孝が病気でなければ「虱のうた」は出来なかった。 
私の母は「先生さま、どうかこの子を落第させてやってください。辞めたら食費が浮くから」と言った。子供の頃、まきその袖は鼻汁で黒光りしていた。栄養がたらんかったからやろ。
貧しい家に生まれて、「ものを大切にせよ。欠けたお茶碗ひとつ無かったら生きていけん。」と口癖の母でした。
渡辺うめ(いなかのくらしを表現した人形作家)さんが私にまきそを作ってくださった。うめさんは但馬の母。日本の母や。

■ 民具と語る
「髭面・粗末なまきそ(明治の普段着)のこの姿笑う人は笑うてくれ。これらの民具は人間の喜びや苦しみを私たちに伝えてくれる。鉛筆一本、紙1枚でも無かったら字ひとつ書けんやろ。私たちは道具によって生かされている。
夏は峠で寝ころぶ。お宮に寝ていたら賽銭泥棒と間違えられて、駐在さんがこられたこともあった。野の花、石ころ、石仏、飛ぶ鳥、吹く風が語りかけてくれるのをじっと聞きながら放浪を続け、民具に出会ってきた。この多くの遺産(民具)のこころを子供たちに伝えたい。

■ ガンガラおろし
25年ほど前、丹後半島の駒倉、景色のよい、雪が1・2m積もる草葺き屋根の民家が並ぶ小さな漁村、で民俗学の研究をするため2年ほど住んでいたときのこと。手作りの調理器具を見つけた。どこの家でも囲炉裏があってそこには鍋がつるされ、千切りにした大根を煮ておった。子供がむずかると今まで使っていた大根おろしを拭いて、クマ笹の葉で撫でて楽器のように鳴らし、母親が歌を歌っ
てやっている。「旅の人よ、これをガンガラおろしという。」と。家家で手作りされた。雪のふる夜 お母ちゃんの声がする ガンガラおろし10年後再びこの地を訪れたが全ての家が雪で潰され散り散りになってしまい駒倉廃村の跡の碑が残っていた。長い冬、ゆきの中で暮らす喜びや悲しみを知っている民具。つまご、雪靴、ガンガラおろし、鍬、備中鍬、かご。民具は仏様。機会があれば丹後の細川ガラシャの隠棲の地みぞのに行ってみてください。


■ 無縁塚の碑
村岡町役場から歩いて40分のところに、室町からの家が一軒あった。そこは代々女ばかりの家族であった。古びたトイレを開けると月見草の花が見事に咲いていた。

■ 資料館建設
20年ほど前、心配をかけ続けた妻のため造った。船津町御立の尾田家(当時築250年)を譲り受けたものです。

■ 片道の汽車賃で民具との出会い
どこへ行くにも片道の汽車賃と弁当だけもっていきます。
粟生に自転車で出かけた時のこと。茅葺きにトタンを被せた屋根の家の縁の下に目が止まった。鶏が飲んでいる水の容器が紛れもなく室町か鎌倉時代の備前の壺。10時頃から1時半頃までじっとみていた。突然、巡査二人に腕を捕まれた。「おまえ誰や」「日本人や」福崎署に身元を尋ねてもらい、「前科は無いが要注意人物」ということで、晴れて自由の身。「旅の人、あんたみたいな変わった人は初めてや。この壺は私が前から捨てようと思っとったものやけど、息子がおいとけ言うとるんや。息子に聞いてみるわ」。都会の息子の承諾を得て、「あんたにあげる。」と。私は腰を抜かした。一目散に帰り、鶏糞を洗い落としそっと抱いて一緒にお風呂に入った。壺が宇宙の心を話してくれる。

■ 師 柳田國男氏
郷土の民俗学者柳田國男先生は日本一の小さな家に生まれた。いつも母の姿をみていた。昭和26年、寄付をくれと言う地元の人達に「何故ふるさとの人は私の本を読みたいと言うてくれないのか。」と嘆いたという。昭和27年文化勲章受章の晴れの郷土入り、お偉い方々をお供に歩いていた先生に、「あんた、國男はんやな」「おお、おしゅんさんやったのか」「まあ、國男はん」と。声を掛けたのは幼友達。「幼名を人に呼ばれるふるさとは昔に返る心地こそすれ」 柳田記念館に歌碑がある。

感想
2000.1.22.この資料の作成のため、再び資料館に足を運びました。島津さんは79歳。国際栄誉賞を受賞されたばかり。うめさんより「東京へ行かれる時にはこれを着て」と贈られたまきそをまい、弥太さんの腰手ぬぐいをつけて、息子さんに見守られての晴れの場でした。島津さんはその日も来る人に民具の心を優しいしぐさで話されました。