| 開催月日 | 1月23日(土) | 開催市町 |
和田山町 |
| テーマ | 「ふる里を伝える」たじまカタリベ | ||
| 講 師 | 下村喜代次(郷土史家 和田山町文化財審議会委員) 門本フサ枝(童話作家) | ||
| 場 所 | 光福寺「待月書院」 和田山町寺内 | ||
| 担 当 | 友田 浜野 | ||
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■ ふるさとに伝わるロマン 糸井村が歩んできた出来事や由来を聞く 待月書院 斎藤隆夫が政治家として選挙に立候補することを決断した場所である。 光福寺の庭 江戸時代初期に築かれた築山を含む回遊式庭園 |
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■ 下村喜代次さんの話 斎藤隆夫氏の国会出馬の決意 大正初めの話。明治23年の第一回の国会より三期に亘り代議士を勤めた糸井の佐藤文 兵衛翁と光福寺の当時の住職維船文鋼大和尚は肝胆相照らす間柄であった。常に同寺の 待月書院で天下を語り、囲碁に打ち興じることが多かった。 ある日、いつものように二人が囲碁に興じられている時、5尺に足らないような小柄 の若者が足取り早く参道を登りくるのが見えた。程なく境内に入った若者の「佐藤先生でしょうか」が最初の一語であった。 「さよう、わしが文兵衛だが何用であろうか」と 、すると「私は出石より参りました斎藤と申します。実は先生にお伺いしたいことは、 不肖ではありますが、国家の政情まことに複雑な時、非才ながら代議士として打って出たいと存じております。先生のお目がねの程、お伺いたく参上しました」と 佐藤翁は「では貴君の国家に対する結論の程を聞かせてほしい」と斎藤氏に問い掛けられ、斎藤氏はこの言葉に勇躍、歓喜、両先生を前に国の前進に及ぶまでの熱弁をふる い、「先生方のお考えをご教示下さるならば誠に嬉しく幸いであること」と結んだので した。 寺内に語り継がれる民話などの話を集める 「更杵峠の地蔵さん」「奈良荒神と三ッ山」「首かけの井」「三本松の地蔵さん」 「高僧と亡者」 ■ 門本フサエさんの話 森はな学校で、はな(児童文学者)先生の指導を受ける。近所の子どもたちを集めたり、学校に出向いたりして、本の読み聞かせや昔語りをする。それを聞く子ども達の目の輝き が最も嬉しいと言われる。 |
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| 森はな先生の「もどってくる もどってこん」の中に書かれてある語り部のおじいさんの話の一部を会員の浜野が読み聞かせをした。
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