| 開催月日 | 10月26日(土) | 開催市町 |
八鹿町 |
| テーマ | 蚕と暮らし、昔・今―かって養蚕の村、家並、蚕家のうちそと― | ||
| 講 師 | 栃尾義之(大屋町大杉区長・老人会長・元県農林部職員) | ||
| 場 所 | 「いろり」 大屋町大杉 | ||
| 参加者 | 和田・西村礼・藤原次・池口・中島・浜野・中田・丸山・島垣・会員外1名 | ||
| 担 当 | 丸山 島垣 | ||
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■ 栃尾義之氏 大正7年生まれ、78歳。大杉で70年。S11年産業学校卒業。 県農林部技術職員となり、但馬の山林に携わる。 ○山の利用は炭焼き→牛飼い→養蚕→植林と変わる。 | |
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■ 大屋と絹のつながり 大阪城築城の技師藤堂高虎に加保、栃尾家よりアカネダスキが献上された。 ○桑の木 鹿は食べない、蚕のみが食べる。山・土・排水地・湿度・温度の天然条件が非常に桑の育成にあっている。刈桑―枝ごと刈り取る 立木―葉だけを取る ○カイコとマユ さなぎは小さく、マユは重かった。研究の結果改良される。 春さなぎが成長してマユに穴をあけ蛾となり出てくる。蛾が交尾、産卵を行い、卵から成虫となったのがカイコ。そのカイコがまたマユとなる。 カイコは脱皮を4回行う。桑の葉を食べる時には雨が降っているような音がする。1日3回食す(朝桑・昼桑・夜桑) マユには黄色と白色がある。年3回行われる養蚕は春子(大きいマユ5〜6月中旬)夏子(7〜8月中旬)秋子(晩秋産8〜9月下旬)と呼ばれている。 ■ 養蚕農家 明治〜大正に3階建農家ができてきた。それは養蚕面積が必要なため。抜気は温度調整の役目をする。昭和30年より屋外で養蚕が始まった。(共同飼育は3零まで) ○給金(明治36年) 糸引き 1日 13銭 蚕飼い 男 20日以内 16銭 50日以内 22銭 女 20日以内 10銭 50日以内 14銭 田植 1日 20銭 現在の3階建の農家は夏は涼しいが冬は寒く、暖房には苦労する。3階の部屋は物置としてしか利用しておらず、若い世代は取り壊して今風の家を建てようとしている。家を保存するため、維持管理していくことは大変である。 |
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