| 開催月日 | 4月24日(土) | 開催市町 |
香住町 |
| テーマ | 漁師町の暮らしと船屋建築 |
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| 講師 | 吉川邦夫(香住塾塾長) |
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| 場所 | 旅館「さどや」(香住町下浜) | ||
| 参加者 | 島垣.中田.浜野.宮田.和田.太田.戸田.藤原次.湊崎、会員外1名 |
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| 担当 | 太田 | ||
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講師 吉川邦夫氏 香住の海や魚を守るため矢田川上流に栃の木を植える活動を展開。 香住特産二十世紀ナシの栽培を続ける。ナシ新品種「よしかおり」を作りだし、ナシの振興に努力されている。「但馬たむらそう」など但馬に自生する植物にも詳しい。 香住町農業委員。香住町文化財審議会委員、旅館「さどや」経営 |
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漁師料理 日本海の幸が食卓に並んでいる。刺身、茹でかになどがところ狭しと並んだ料理の真ん中に土鍋が二つ。はたはた鍋(はたはたとふとネギの醤油味の鍋)と鰺の鍋(小鰺と玉ねぎの甘味のある鍋)がよく煮えている。日本海にこぎ出した船で新入りの漁師さんが作る素朴で簡単な漁師料理を吉川さんは紹介して下さった。 他の刺身やかに料理も美味しかったがこの漁師料理はカニスキなどと異なりはたはたとネギ、鰺とタマネギとそれぞれ二品だけで味が付けられており魚の新鮮さがよく生かされた料理であった。感激の漁師料理であった。参加者のTさんは早速挑戦されたが魚が新しくなかったのか量が少なかったのかあのおいしさは出なかったとのこと。 |
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吉川さんは当日資料として大正元年9月と書かれた手書きの資料(20枚)下の浜村誌を見せて下さった。それには次のことが記されている。 ■ 植林 明治三拾四年 杉檜参千本追駿(オッパシ)山林へ植栽す 明治四拾壱年 杉檜二千本 々 山林へ植栽す 吉川さんは「大正元年、下の浜に村有林の経営のための法人をつくっている。 昔の人は後代のため、魚たちのために植林をよくした。これらの木は魚付き保安林として今 も残されているものもあれば、売って 下水道事業などに使い今のもの助かっている」と話され た。 ■ 物産 明治参拾九年度の調査ニ係る「惣代」海産物 イカケ一 三百九十三貫目 代金二百参拾四円一八銭 コムギ 参百弐拾七貫目 〃 百七拾参円参拾銭 あわび 一万二千八十八 〃 拾七円六拾参銭 かれい 二万壱百八拾五貫 〃 四千五百七拾六円十八銭 タコ 六七貫五百 〃 九円七拾銭 蟹 三千五百二十貫 〃 三百八拾九円弐拾銭 螺 海苔 丸ご 鯛 鯖 石花菜等の名も見える。 合計金高七千四百七拾五円五拾一銭と書かれていた。イカケは「鰯」のこと。烏賊はとる方法がなかったのでしょう。当時はあわびがたくさん取れて値段が安いんだなと思います。 古い地図に町内が鳥瞰図のように描かれていた。しかし漁師さんの家の特徴を見つけることは難しかった。古い書物より 漁船カンコ、投網の図、貝をとる道具、休魚網、手繰網、中コヲ網使用大略と書かれた図と説明が書かれている。港と海岸の距離を記し北を指す矢印のある地図には御崎から津居山までの港と山や川が記されていて興味深い。 | |
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機械化されるまでの漁具と漁船用食物容器 網や漁具、ごはんを詰める箱などの実物の説明を聞いた。命と引き替えの漁業の様子が伺えた。 |
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■ 感想 テーマの船屋建築について理解し難かったが吉川さんのお話ぶりには、使命感のような物を感じた。後で聞かしていただいたところによると大病をされ、これまで以上に、人生を地域のために役立てようと されていることがわかった。漁師料理は大変美味しかったです。 |
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