| 開催月日 | 2月27日(土) | 開催市町 |
竹野町 |
| テーマ |
草葺き屋根の家と屋根葺き職人 |
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| 講師 | 大原安兵衛氏(現役の屋根葺き職人) 倉橋美津代氏(豆腐料理) |
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| 場所 | すのたに屋(竹野町須野谷) | ||
| 参加者 | 和田・島垣・浜野・湊崎・戸田・池口・太田・住吉・中田・藤原次・宮田・友田・会員外2名・本庄(協力者) |
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| 担当 | 友田 | ||
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■ 但馬の草葺きの屋根葺き職人は一組に 但馬で今も草屋根の屋根葺きをやっている職人は大原さんと、同じ須野谷に住む田中寛(ゆたか)さんとのただ一組になっている。後継者はいない。 竹野町草飼はかつて屋根葺き職人の多い集落で、何組もあった。だれだれ組はどこどこというように、仕事をする村が分けられていた。職人は農家なので、田んぼの作業がない時期に屋根葺きに出かけた。冬は雪で仕事ができないので、酒屋に出稼ぎに行った。
■ 大原さんの歩み |
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■ 茅場のこと それぞれの村が山に茅場を持っていた。11月下旬にふれを回して刈った。1軒から一人出て刈った分は持ち帰れた。冬に稲木で茅を干す。春は山焼きをした。焼くといい芽が出た。今は茅場は荒れた。 ■ 屋根に葺く草 但馬では茅、麦わら、くま笹わ葺く。播州はみんなわら屋根だ。茅は廂(ひさし)や南側に使い。北側・裏側は笹を使うことが多い。1棟全部笹の場合もある。笹は茅より長持ちする。このあたりは山にくま笹がびっしり生えていた。今年はどの家とどの家が刈るというふうにしていた。。葺くとき、茅は下でそろえなければならない。笹はそのまま屋根に入る。浜に行くと麦わらがほとんどだ。持ちは悪い。麦わらに茅を混ぜることもある。茅葺きにすると「え−よ−普請」といった。昔は直す家が茅など材料を調達した。今はみんな持って行かなければならない。瓦より高くつく。山の茅場がなくなってきたので、稲を植えなくなった山田に生えている茅を刈って用意する。 |
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■ 屋根葺きの手順 1. 大工が刻んだ合掌を組む。ここから屋根屋の仕事だ。破風も屋根屋が上げた。 2. こなおし(横木)、竿を組み、おどろを敷く。今は竹をを使う。真竹もしくはもうそうを割って使う。そうしないと茅のえぼ(先)が落ち、雨が伝って中に入り漏る。 3. 小口(屋根の裾)の厚さを決める。昔は小口のいちばん下にオガラをつけ、茅をずりにくくした。茅の量は三六の家(3間6間)で、小口に20シメで片面に100シメちょっと。棟に20シメで妻があると合わせて300シメ近くいる。1シメは5尺の縄でくくる。 4. 年とった職人(ベテラン)が両縁、若い者は中に入って一斉に上がる。手子が屋根の裏側に入って針を通し「こなおし」にくくる。「山」とか「川」とか言って合図する。 5. 棟を上げる。茅2シメをえぼで重ね、屋根のてっぺんに載せる。さらに竹を載せる。竹の寿命は短く、長く持たせるため防腐剤をしたヒノキを載せることもある。 6. 経費は三六の全面葺き替えで1000万円ほどだ。 7. 昔は「手間替え」といって屋根葺きをする家は近所から手伝いに出てもらい、その家が屋根葺きするときは手伝いに出た。今はそうした風習が消え、手子は日当を払って雇う。
■ 草屋根の修理
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豆腐料理 すのたに屋は地元の女性グル−プを中心に、地元産の青大豆を加工した豆腐料理の店として昨年オ−プンした。豆腐のフルコ−スを食わせてくれる。リ−ダ−の倉橋さんから料理の話を聞く。建物はトタンを被せてはあるが草葺き屋根の家を改装している。 |
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