| 開催月日 | 6月26日(土) | 開催市町 |
和田山町 |
| テーマ | 枚田の郷と和田山旧街道沿いの家々 |
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| 講師 | 丸山利典 |
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| 場所 | 和田山町(旧街道〜枚田) | ||
| 参加者 | 島垣、浜野、和田、中田、戸田、住吉、藤原、井上、中田 | ||
| 担当 | 浜野・住吉・藤原じ | ||
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■ 瀬戸内と日本海を結ぶ街道の要として栄えた町 あまり人どうりはないが、街道沿いの家並みは土壁の大壁とうだつを上げた家屋が沢山みられ、その昔この街道が賑わい、繁栄をしていたであろうことが伺える。 |
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■ うだつの家 江戸時代に建てられたA家、白い漆喰塗りの壁、黒い下見板の腰壁、うだつの上がった屋根、外観はその姿をほとんど変えずに創建当時のままであると思われる。 中に入ると少し手が加えられていたが、それもこの家の風格を壊さない様に工夫してあり、又手入れが行き届いておりここに住み続ける事へのこだわりとプライ ドを感じました。江戸、明治、大正、昭和、平成と激動の時代を主と共に生き抜いて来たこの家は、次の世代へも受け継がれこれからも長く、その暮らしを守り、 見つめて行くことでしょう。 ■ 黒漆喰と虫籠窓の重量館のある家 その昔造り酒屋であったこの家は、玄関を入ると米を蒸す大きな鎌を据えるための土間があり、天井をみるとその煙を逃がすために屋根まで吹き抜けになっており、その空間を支えるために縦横に組まれた小屋組みがリズミカルで美くしい。また、大スパンを構成するための桁のボリュームと力強さには圧倒される。 土間を通り過ぎて裏庭にでると、うっそうとした繁みのなかに見え隠れする庭園は、小堀遠州風といわれる。その昔、杜氏たちが暮らしたであろう離れもあり、 活況を呈していたころの豊かさと賑やかさが垣間みえる。 |
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「右はりま、左いせ」という道路表示の石碑。 和田山の小さな、小さな路地に「右に行けば磨、 左に行けば伊勢」という表示内容のスケールに 驚く。今も昔も、和田山は南と東へのルート の分岐点だったのだ。和田山街道を抜けて枚田小谷にあるY家もうだつの上がった家である。 |
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■ 枚田 旧街道から枚田へ。しばらく民家がなく丸山川沿いを歩く。枚田に入ると江戸〜明治に建てられた家々がいくつかある。 |
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■ 長屋門をくぐり西家へ 長屋門の潜り戸から中庭を通り抜けて玄関へたどりつく。豊岡懸と久美浜懸の銘板が入り口にかけてあり、この家の歴史を感じさせる。中に入ると使ってある木材の立派さもさることながら、建具、襖などもしっかりとした作りと、デザインの素晴しさにも目をみはる。主のセンスのよさと、職人たちの技のすばらしさに痛感した。 |
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■ つづいて小西家へ 西家から通りを一つ隔てて小西家がある。ここは住人がいらっしゃるので人の温もりが感じられる。中に入るとこの家の主である小西家 のお母さんが迎えて下さった。ここで本日の講師である丸山さんからこの家の造りの素晴しさ(何といってもバランスのよさ)の説明を受ける。表座敷にあがり この家の歴史を伺い、皆で但馬の家屋の特徴や職人の技術のレベルの高さを話し、目のあたりにした次第である。 |
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